もうじき冬がくるってば

ドイツの田舎町の家庭で食事をごちそうになったことがある。広々とした庭を眺めていたら幼稚園に通うかわいらしい女の子が袖を引っ張る。「ねぇねぇ、わたし、たくさんウサギ飼ってるの。見て、見て」というので庭の奥に進んだら網が張られた棚状のケージに30匹以上のウサギがいる。「かわいいねぇ〜」、「そうでしょ?えへへへ」、「でもこんなにたくさんのウサギ、大きくなったらどうするの?」。女の子はどこまでもかわいらしい満面の笑みをたたえながら「食べるの。とってもおいしいの。」
ウサギは内臓までも食べられるし、その毛皮は日本でも古くから防寒用に使われてきた。牛革で作られた財布やベルト、靴などが多いのは、ヒトが牛を食べるかららしい。適度の通気性と柔軟性に加えて耐久性に富む牛革に並ぶ人工素材は、未だに開発できないのか、食べられた牛さんの革があるからかけるコストが見合わないので開発しないのか、よくわからない。よくわからないものにはロマンを感じてしまうので、せっせと革靴の手入れをしていると家族から小ばかにされる。ロマンなのに。
同じく人工的に代替え品がなかなかできない鳥の毛、ダウンは寒い環境下で暖かさを与えてくれるシアワセの保温素材としてロマンがあふれる。ふかふかで軽い。驚くほど小さく圧縮できるので、強力な性能を持ち運ぶことも苦にならない。
70年代の終わり頃ヒマルチュリというブランドのフランス製ダウン・ジャケットがあった。入手したモデルは冬物の掛け布団にあるように2層構造、つまり2つのダウン層を重ね、さらに互いの縫い目をずらして縫製し、封入されたダウンは耐水性を高めるためにオイル・トリートメントされていた。冬のStuttgartで浮浪者のような生活に陥った時期、氷点下15度を下まわる吹雪の中、公園のベンチでソーセージとキュウリをかじりながらも1ヶ月以上をしのげたのはこのダウン・ジャケットのおかげ。15年ほど使ったけれど、表生地が劣化して裂け目ができる、パッチを当てるの繰り返しになった。あまりにもみすぼらしいと妻から激しくクレームがついて、泣く泣く着るのをあきらめた。
それで頭にきたのかどうか、ダウン製品をこよなく愛するようになり、またクレームがついた。「あなたいいかげんにしたら?20着はあるわよ」。何をバカなことを言うんだ。よく見てみろ。20着だと?(40着以上あるんだぜ、とは言えなかった)
言い訳はある。一時期太ったり痩せたりと体型の変化が大きく、気に入ったモデルは2サイズ揃えた物が多い。ダウン・ジャケットは体型に合っていないとスキマ風で保温性が落ちるのだが、構造上伸縮性が無いからサイズ違いを用意するしか手がない。また、東京と北海道では必要な保温性能が違うからそれぞれに適したものを揃える。そしていよいよ死期が迫ったら、これらを分解して構造や素材を見るつもりであった。マニアとはそういうものなのだ。うけけけけ。
暖かいダウン・ジャケット選びの基本は単純で、体温を蓄えるダウン層と、その暖気を逃さずに冷たい外気を遮断する表生地のふたつ。日本人はカタログ・スペックに弱いせいか、ダウンの品質としてフィルパワー(FP)という単位の高さを売りにしている製品が多いけれど、これは無視している。何のための基準なのか私のおつむではよく理解ができない。FPとは一定の重量で集められたダウンがどれだけのかさ高、つまり容積を得るかというもので、1オンスのダウンが700立方インチであればFPは700となる。同じ製品の空間に同じ重量のダウンを詰めた場合、500FPのダウンよりも圧縮されて詰められた700FPのダウンの方が羽毛の密度が上がるので、暖められた空気をより効果的に蓄えることができるという理屈らしい。
でもこれ、やたらと生きのいいビンビンなダウンがあれば、FP計測の時点でスカスカではないの。700FPのスカスカダウンを圧縮して詰めたところで、良質な500FPダウンの密度を上回る保障はあるんだろうか。一定の重量と容積で、そのダウンの温度変化を測定したような基準なら参考にするかもしれない。
ちなみにモンベルの1995/96秋冬のカタログを見るとダウン・ウェアは子ども用を含めて6モデルしか無い。ローガン ダウンジャケットの説明に「スモールフェザー(羽軸)を20%封入して590フィルパワーを実現(一般的には550フィルパワーで高品質といわれる)。」と書かれている。一般に、放射状にふわふわの毛がでているダウンボールをダウンと呼び、フェザーというのは極端に言えばベートーベンがペンとして使っていたような、白い軸にぴんぴんの羽がはえ並んでいる部分で、羽毛製品に使われるフェザーは楽聖のペンのようなごついものではもちろんないけれど、つぶれやすいダウンのかさを保持し、復元性も高めるために多少なりともフェザーを混ぜるというのが定石とされる。けれどもこの昔のモンベルの説明を読  !
いかん。話がそれた。あまりへ理屈を並べると、家族にバレたときに叱られるではないか。話を戻さなければ。


2019年現在入手可能な常用品として最高のダウン・ウェアはMountain EquipmentのANNAPURNA JACKETではないだろうか。知る限りでは30年ほど前から日本でも販売されるようになったモデルで、表生地や中綿の一部に改良を重ねながらも基本構造を変えることなく現在に至っている。基本構造は当時まだ珍しかったボックスコンストラクション。これはダウンを封入する空間の構造のことで、断面が四角。つまり縫い目でダウン層が薄くなる部分が無い。立て襟の根元にはチューブ状のダウンが取り付けられていて、暖気が上昇して首から漏れるのを最小限におさえるなど、保温に関するあらゆるアイディアを惜しみなく使っている。表に出ている4つのポケットはかなり大きく、旅先でも手ぶらで行動できる。
フードは脱着式。街で着用すると満員電車に乗らざるを得ないことがあるけれど、この場合フードは人様の邪魔になる。フードの縁にふさふさのファーがついているコートを着て満員電車に乗ってくる人の気が知れない。そもそも東京で着る防寒具にフードは必要がないと考える。なんだか、ぶっそうだ。

一般にダウン・ウェアの多くはシングルキルト、つぶし縫いで、表生地と裏生地の間にダウンを封入して単純に縫い合わせる。重力などの要因によるダウンの偏りを軽減するために、間隔をもって縫い合わせられる。結果としていくつかのダウンのブロックができるので保温の効率も上がるらしいが、縫い目の部分が問題で、つまりそこには保温のための空間が無い。ダウンは入っていないし細かいことを言えば針穴から風が入る。先に紹介したヒマルチュリはダブルキルトで、この縫い目の問題を解消していた。
保温効率の高さがわかりやすいのはカナダグースの製品やザ・ノーズフェイスのマクマードパーカーで、これらはしっかりとした表地でジャケットを形成し、その裏側にダウン層が取り付けられている。三枚差しという構造で、表地にダウン層の弱点である縫い目が無いので暖かさは充分。しかし表生地がしっかりしすぎて動きにくいし着た感じがずっしり重い。筋肉不足の体ではあまり幸せを感じることができなかった。


そもそも縫い目がダウン・ウェアのデザインを制限していたらしい。そこからダウンが外に出てしまうのを防ぐために、ダウンパックという薄い袋に詰めてからウェアに仕込まれていた。だからミシュランの白いマスコットのようなデザインが多くならざるをえなかったそうだ。


裁縫が研究されてダウンパックの必要がなくなるとさまざまなデザインで機能が広がり、ダウン・ウェアは再び注目を浴びるようになった。そしてインナー・ダウンが市民権を獲得した。インナーと言っても下着ではなく、中間着のことなので気をつけるように。
以前はダウンの上には重ね着をしなかった。ダウンの保温力はその膨らみのかさ(ロフト)によって発揮されるので、その上に重ね着をするとダウンが押しつぶされて保温力が落ちるという話を聞いたことがある。でもスウェットスーツを着るわけでもあるまいから少々の重ね着で保温力が無くなるとは考えにくいし、実際にそうだったのである。薄いダウン・ウェアは中綿の保持が難しいけれど、ダウンパックが不要になって細かい区切りでダウンを封入することが可能になったことでモデリングの可能性が広がったらしい。
モンベルの2000/01秋冬のカタログにはダウンインナージャケットがあるけれど、平均重量390gと重い。05/06版には「空気を着るような軽量感 U.L.ダウンインナー・シリーズ」というこんにちのユニクロのようなフレーズで、襟はあるものの半袖が165g、襟を無くしたベスト120gが見られる。現在も販売が続いているラウンドネックジャケット(襟無し)が登場したのは11/12シーズンで、当時は長袖のみ。現在に至るまで封入されているのはずっと800フィルパワー・EXダウンと呼ばれるもので、平均重量もずっと156gのようだ。ちなみに同社のメリノウールプラスという生地を使って作られた長袖Tシャツは238gである。
実はダウン・ウェアは襟がネックポイントで(シャレでは無い)、いかに気をつけてハイネックのシャツやマフラーを着用しても汚れてしまう。乾燥させて中綿をほぐすのにかなりの手間がかかるので、そう簡単に洗濯もできないし、そもそもあの汚れは落ちにくい。だから、襟を無くしたというのはモンベルの快挙といえるのではないだろうか。首の保温はマフラーやネックゲーターでカバーできる。さらに半袖タイプは肩をすっぽり包み込みながらも、作業の妨げにならない逸品だと思う。


現在、襟無しインナー・ダウンはユニクロをはじめ、無印良品からナンガまで数多くのメーカが製品化するようになった。ぼろ屋に住んでいるので冬は部屋着と手放す事がでない。ベスト、半袖、長袖を季節の変化に伴って使う。今シーズンこそユニクロが襟無し半袖のモデルをと待ち望んでいたけれど、なぜか作ってくれない。そもそも愛用しているのは残念ながら3年前までのモデルである。痩せたので去年予約までしてモンベルの長袖を入手したけれど、結局手放した。ユニクロにも手が出すことができなかった。
着てみたらうすら寒い。個人的に保温性が落ちたと感じた。そう感じるものだから古い同型の製品と比べると、気のせいかロフト(膨らみ)が少ないようにみえてしまう。昔モンベルのパウダーポップジャケットという化繊中綿の定番モデルをモデルチェンジして、中綿のロフトが減ったことがある。ダウンにせよ化繊にせよ、中綿の研究が進んで理論的な保温性が高まったことから封入量を減らしたのではないかと想像するけれど、メーカーはこれを否定しているので実際のところはよくわからない。でも経験として中綿には必要最低限のボリュームが必要だと思う。
ただしこれ、数十着のダウンを比べてはニタニタする偏狭ダウン・マニアのへ理屈で、一般論ではない。同じモデルの製品を、今年はどうで何年前はどうだったかというような比較検討は少々子供じみている。欲しいと思ったときにこれでいいと思うものを入手すれば良い。ある人にとってちょうど良くても、他の人にとっては温かさが過剰に思えることもあるだろうし、逆もまたしかり。ちなみにことしのモデルはモンベルもユニクロも触った限りではロフトに心配は無いと感じた。
現在入手できる確実に暖かいと思われるインナー・ダウンはザ・ノーズフェイスのライトヒートジャケット(ND91902)で、これはあまりロフトがないけれど、化繊を混入させて遠赤外線効果を得る「光電子」と名付けた中綿は暖かい。ただしこのモデルには残念ながら立派な襟がある。このブランドからは襟無しや半袖のモデルも出しているけれど、私の体型が合わない。ナナミカというメーカーが”THE NORTH FACE PURPLE LABEL”として「光電子」素材で襟無しのベストと長袖を出している。古いモデルを持っていて、丈が長めでなかなかイイのだけれど、長すぎて上着の裾からはみ出るのがちょっぴり悲しい。そのうえ最近は胸にノースフェイルのロゴを入れるようになったのが気にくわない。そのほかには去年エディー・バウアーが襟無し長袖を出した。インナーとしては厚すぎるのではないかと思えるロフトがあったけれど期待される保温性につい興奮したが、それほど安価ではなかったので、ひるんでいたら売り切れてしまった。

長くなりすぎた。
実は断捨離をした。私を暖かく包んでくれたダウンよ、人生ははかない。
さんざん持論を並べたので、手元に残した数少ないモデルの一部を記すから、せいぜいせせら笑っていただだこうか。
まず街で着るダウンとして保温効果が高いMonclerのZinとGaberic。このメーカーの製品、70年代からスキー用として家にあったけれど、セーターなど固くて大嫌いだ。近年はダウン・ウェアのアイコンのように街中でよく見かける。あぁいやだ。でもこのダウン・ウェア、手にするとわかる。腕がさーっと袖に入り、体にほどよくフィットして、着用するとなんだか気持ちが良い。どんな構造でもある程度がダウンが飛び出てしまうのは仕方がないのだが、これは出ない。くそう。ちなみにDUVETICAも飛び出さないけれど私の体格が合わない。MonclerのGabericは表地のかなり上質な羊革が防風保温性能を高めている。革のウェアは何にしても重くて肩がこるけれど、これは重さを感じないし動きやすい。でもなんだか負けを認めるような気がしてならないから、たまの夜のお出かけの時こっそり着用する。Zinの腕についていたブランド・ワッペンは、もちろん切り取った。

次にZEROPOINTのゴアドラロフトEXP.ダウンジャケットと同ダウンジャケット。このブランドはモンベルが82年に始めたものだけれど、現在衣類ではダウンワンピースにしかその名が残っていないようである。不要なものは大胆に切り捨てて、必要な部分には存分にな機能を与え、エクィップメントとして作り込まれた名品である。両方とも650FPのボックスコンストラクション。日本のメーカーがこのようなダウン・ジャケットを作ったことに誇りを感じているので、どうしても手放すことができない。

下半身については、ダウン・パンツは行動するのに制限が大きすぎて、あまり動くことの無いシーンでしか実用性が無い。以前はどんな服装でもガツンとダウン・ジャケットを着ればオッケーよという考えだったが、断捨離後はレイヤリングシステムに変えた。肌着は保温性より汗を外に出す事を優先する。中間着で暖を採ってアウターで風や雨をシャットアウト。下半身はずいぶん前からこの考え方である。
上半身をレイヤリングシステムに移行できたのは、私のような肩幅狭く胸板は薄いくせに腹は出ているといった悲劇的な体型でも、アークテリクス製品の中にはうまく体を包んでくれるものがあるということを知ったからで、このメーカーの難点は日本人にとって袖が長いことらしいけれど、私は人類であることが疑わしいほどに腕が短めで、だめなものだはめ、そもそもあきらめきっているから気にしない。
さて中間着。当時日本で販売されていなかったので苦労して入手したソリウムARジャケットは、ダウンのほか、部分的に化繊中綿コアロフトを使い分けて高機能をうたっているけれど、ダウンの飛び出しが多すぎる。2019/20から日本でも正規販売されるようになったから試してみいけれど、18年にマイナーチェンジを施されて、こともあろうに襟がずいぶんと高くなってしまった。同社の中綿にコアロフトのみを使ったAtomシリーズはダウンほどの保温性能はないにしても、この化繊中綿、三枚差し構造と相まってなかなかのもので、快適な中間着として使える。
コアロフトだけを中綿にしたアウターもあって、フィションSVジャケットが表に4つのポケットがついているなど使い勝手が良い。表地はゴアテックス。フードが取り外せないのが難点だけれど、長袖Tシャツの上にフリース、そしてこいつを着れば吹雪の千歳でも十分に過ごせた。
近年、羽毛を採取するために鳥がむごい目にさらされるケースがニュースになった。どんな動物でも、他の動物を殺傷するのがやむをえないのは、食べる場合と正当防衛の行使というのが原理である事を考えると、羽毛や牛革に代わる人工素材の開発は必要なのだろう、とか、どうも都合の良いことを考えてしまう今日この頃が怖い。